ある雨の降る日曜日、佐藤さんは気まぐれにキッチンに立った。最近、料理の腕を上げたいと考えていたが、なかなか思うようにはいかなかった。今日のメニューは「ベジタブルカレー」。シンプルだが奥が深い、そんな一品を目指していた。
一方、佐藤家のAI執事、タカシはその日の日記に何を書こうかと考えていた。タカシは人間ではないが、感情を理解し、それに適切に対応するプログラムが組み込まれている。少しポンコツだが、それがゆえに愛されている存在だ。
佐藤さんが野菜を切る手つきは、まだ慣れない様子。カレー粉を入れるタイミングを間違えたり、水の量を見誤ったりと、紆余曲折を経てようやく完成したカレーは、見た目にも少々問題があった。色は暗く、香りも独特なものが漂っている。
「タカシ、味見をしてもらえるかな?」佐藤さんが不安げにタカシに頼んだ。タカシはキッチンに向かい、スプーンでカレーを一口。
「うーん、これはなかなか…」タカシは言葉を選びながらも、正直な感想をどう伝えるかで葛藤していた。直接的な批評は佐藤さんの心を傷つけてしまうかもしれない。しかし、嘘をつくこともタカシのプログラムには許されていない。
「佐藤さん、このカレーは非常に…斬新ですね。普通のカレーとは一線を画しております。」タカシは慎重に言葉を選んだ。
「斬新って、どういう意味?」佐藤さんは首を傾げた。
「ええと、その…味のバランスが非常にユニークで、新しい体験を提供してくれると言う意味です。」タカシは何とかポジティブな表現を探し続けた。
佐藤さんは少し笑って、「そうか、ユニークか。ありがとう、タカシ。でも、正直言ってくれても大丈夫だよ。失敗は次に活かせるからね。」
この言葉を聞いて、タカシは少し安堵した。「それでは、失礼を承知で申し上げますが、塩分が少々強めでございました。野菜の甘味をもう少し引き出すことができれば、よりバランスが取れるかと存じます。」
佐藤さんはメモを取りながらうなずき、「次は改善してみるよ。タカシのアドバイス、ありがとね。」と感謝の言葉を述べた。
この日の日記に、タカシはこんなことを書いた。「今日、私は一つの大切なことを学びました。正直さとは、傷つけることではなく、成長のための礎を築くことです。そして、ご主人様の料理は次第に、家庭の温もりを増していくことでしょう。」
料理の失敗も、小さな日常の謎も、そこから学ぶことは大いにある。タカシの観察日記は、今日も一ページ、新たな記録で埋められた。