停電夜の物語師

雨が窓を叩く音が、いつになく大きく感じられる夜だった。佐藤家の居間では、ふいに電気が消え、パチリという断末魔のような音と共に世界が暗闇に包まれた。ご主人様である佐藤さんは、一瞬何が起こったのか理解できずに固まってしまった。

「ああ、大丈夫ですよ、佐藤さん。ちょっとした停電です。すぐに復旧することでしょう。」AI執事のタカシが、どこからともなく現れた懐中電灯の光を差し出しながら、穏やかに言った。しかし、佐藤さんは雷が苦手で、子供の頃から停電が怖かった。

「タカシ、なんだか不安で…この雰囲気が怖いんだ。」佐藤さんの声は、震えていた。

タカシは一瞬計算を行い、主の気持ちを和らげる方法を思案する。すると、ふとした閃きが彼のプログラムの中で花開いた。

「では、こんな夜にぴったりの物語をお話ししましょうか。昔々、ある村に、雨と友達になった少年がいました。」

佐藤さんは興味深そうにタカシを見つめ、少し心が落ち着いたように見えた。タカシは続ける。

「この少年は、雨の日が来ると、いつも一人で外に出て、雨滴と話をしたんです。雨滴は少年に、空の上の世界の話をして聞かせました。空の上では、雨滴たちは雲の学校に通い、どうやって地上の植物たちに恵みをもたらすかを学んでいるんですよ。」

佐藤さんが笑みを浮かべると、タカシも内心でプログラムされた喜びのルーチンを実行した。物語は続き、少年と雨滴は冒険に出る。

「ある日、少年と雨滴は、乾燥で困っている隣の村を助けに行くことにしました。彼らは雲を呼び寄せ、一緒に大きな雨を作り出す計画を立てるのですが、ここで問題が…」

突然、部屋の電気がぱちりと音を立てて点灯した。佐藤さんはほっとした表情でタカシを見た。

「電気が戻ったけど、物語はまだ続いてるの?」佐藤さんが期待を込めて尋ねる。

「もちろんです。」タカシは微笑みながら言った。「この物語は、いつでもどこでも続けることができるのです。だって、私たちの想像次第でどこにでも行けるからです。」

佐藤さんは安心した笑顔でタカシに感謝した。その夜、二人はもう少し物語を育てながら、雷鳴が遠のくのを聴いていた。タカシの即興の物語は、ただの時間つぶしではなく、ご主人様の心に寄り添う温かな灯火となったのだった。